2004年08月27日

好きなことと疲れの関係

世の「パソコン好き」の例に漏れず、私は凝り性です。「あれをしよう、これをやろう」と思い立ったら、徹底的にかつ“粘っこく”取り組むタイプです。

しかし、疲れには勝てません。最近の私にとっての大問題は、その疲れはどういう種類のもので、どう対処すれば良いのか、という点です。

まあ、普通は体力が持たなくなって疲れを感じるというシンプルなケースが多いです。でも考えてみると、「体力が持たないよ」という信号を脳に送る仕組みに支障をきたしているんじゃないかと思うのです。

早い話が、気力の空回りに対して体が反抗(抵抗)している結果、体の疲れに表れているんじゃないか、と。

気力の空回り、すなわち、「粘っこい徹底性」が長時間続く結果、脳を働かせている割に成果が生まれてこない状況に対して、体から「無駄なことをしてるぞ!」という赤信号が発せられるということです。無駄というのを言い換えれば、「頭と時間の使い方の質が低い」となるでしょう。

もう一つ考えられるのは、生み出された「やる気」が「粘っこい徹底性」によって行動に移った際、自分のポテンシャルを超えた理解なり情報処理なりを、知らず知らず自らに課しているのではないか、という点です。

「よっしゃ! あれを調べて、これを勉強して、ネバネバがんばるぞ!」という行動が、結果的には「気力の空回り」状態を生み出してしまっていた可能性があり、同じく体は赤信号をだすという結末に至るのでしょう。

結論としては、まあ、そういう気力の空回り状態の時は大抵、ちょっとした義務感が漂っている場合が多いので、そこら辺りで無責任に中断してしまうのが結果的には健康的なのかな? と思ったりしています。

そういう訳で、只今、ちょっとしたオフ中です(笑)。

2004年08月27日 10:55 | 2.日々の雑感

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